植物の精油を用いた療法としてアロマテラピーという言葉がはじめて使われたのは、1920年代、フランスの化学者ルネ・モーリスガットフォセによってですが、そのルーツはとても古いものです。
古代エジプト
紀元前3000年頃、エジプト人は治療、化粧、死者の遺体の防腐保存といった目的のために、香りのある物質を用いていました。
多くのパピルス文書に、彼らが用いた植物、その使用方法が残されています。
また、ピラミッドの中で発見された壺入りの軟膏、油などにはわずかなに乳香やミラル、シダーウッドといった香りが残っていたということです。
古代ギリシャ
エジプト人から医学的な知識を引き継いだ古代ギリシャ人は、植物の香りについて、さらに様々な発見をしました。また、オリーブ油に植物の香りを吸収させて医療や化粧に用いたりもしました。
医学の父として知られているヒポクラテスは、その著作の中で多くの薬用植物について記述しています。
ギリシャ人医師、ガレノスは膨大な薬草の知識を持ち、その医学理論を書き残しています。
また、初めての「コールドクリーム」を発明したことでも知られています。これは現在ある軟膏の原型といえるものです。もう一人のギリシャ人医師、ディオスコリデスは地中海周辺の薬用植物を集め、その用途などを「薬物誌」にまとめました。彼らの著作は、アラブ諸国の言語に翻訳され、ローマ没落後、アラブ世界へと知識は移っていきます。
アラブ世界
アラブの医師、アブー・アリ・アル=フセイン・イブン・アブド・アラー・イブン・シーナ(980〜1037年)すなわちアウィケンナという名で知られている人物は、大変な教養人で、植物とその人体への効果などの記録を残し、彼らの『医学典範(カノン)』という医学書は有名な古典となっています。また、アウィケンナは錬金術と呼ばれる技術のなかで精油の蒸留法を完成させました。
それまでの原始的な蒸留器を改良したこの方法は現在でもほとんどが変わっていません。
ヨーロッパへ
アラビアの香水(精油)は、十字軍の遠征によってヨーロッパ社会に広がりました。
十字軍の騎士たちは、精油だけでなく、その蒸留方法などの知識も持ち帰り、ヨーロッパでは
ラベンダー、ローズマリー、タイムなどの香りのある低木類を使用するようになりました。
「ハンガリアンウォーター」(ハンガリー王妃の水)のエピソード
中世ヨーロッパの修道院の僧が、通風に悩むハンガリー王妃のためにローズマリーなどを主とした痛み止めを献上したところ、とてもよくなり70歳を越えて、隣国の王子に求婚されるほどに。この薬はのちに、「若返りの水」と伝えられることになりました。

植物を用いた治療法は、印刷技術の発明により「薬草誌」という書籍となり、16世紀には多くの人々が知ることができるようになりました。これらの知識はポマンダーやサシェ、タッジーマッジー、ストローイングハーブなどとして、防虫や殺菌、悪疫を防ぐなどの目的に用いられました。

16世紀頃からはディオスコリデスやアウィケンナなどの古典をもとに植物学、医学などの発展に活躍した人々が現れはじめます。 イギリスのジョン・ジェラード(1545-1612年)は薬草園をつくり、薬草誌にまとめました。ジェラードの時代には植物を用いる方法と医学とは対立するものではなく、彼は名声を得ているわけですが、その1世代後になると、状況は変化します。 17世紀には化学合成物質が現れ医療に用いられ始めます。たとえば水銀のような有毒なものが梅毒の治療に用いられたりしました。ニコラス・カルペパー(1545-1612年)はこうした有害物質を使用する医師たちを弾劾しました。また、それまでラテン語で書かれていた医学書を翻訳したり、貧しい人々の診療をするなど、医学を人々の身近なものにしようとしました。 ところがこうした行為は医師たちの独占をゆるがすものとして怒りをかい、非難されたのです。 しかしながらカルペッパーは多くの著作、翻訳を残しました。369種の植物の特性や用途について記されている「カルペッパーの薬草誌」という書物は価値のあるものとして知られています。

18世紀〜19世紀、近代化学の発展にともない、植物の中の様々な物質が明らかにされました。 植物の中の有効成分だけを取り出すといった探求は、植物、あるいは精油そのものを全体として利用していたそれまでの方法から離れるものでした。

こうして20世紀になり、ガットフォッセによって再発見されるまで植物の療法が失われたヨーロッパとは異なり、インドや中国ではこれらは伝統的に続いていました。

東洋伝承医学
インド
インドには紀元前2000年頃からあるベータ文学に700種以上の植物に関する記述があり、実に3000年以上の歴史をもつとされるアーユルベーダーへと発展し、伝えられています。
アーユルベーダーとは、「生命」と「知識」という言葉から成り立っており、健康のための法則、いかに生きるかを知るといった法則です。
これは人間を自然、宇宙の一部としてとらえる自然哲学に基礎をおいています。
そこでは病気は「アンバランス」としてとらえられ、その平衡を取り戻すために自然のものである植物を使用します。インドはまた、豊富な薬草に恵まれ、その栽培が組織、統制された歴史があり、キャラウェイ、ペッパー、カルダモン、クローブ、サンダルウッド、安息香など、アーユルベーダの一部となってきた植物の中から、今日アロマテラピーの精油として用いられているものを見ることができます。
中国
中国にも古くから薬草医学の伝統があります。
もっとも古い記録としては『黄帝内経』という医学書があります。
これは民に多くの知恵を与えたといわれる伝説上の人物、黄帝との問答の形式で、生理学、病理学、養生法について書かれているものです。
陰陽五行の理論で、中国の伝統医学の基礎となっています。
有名な薬草学書としては『神農本草経』があります。
神農もまた伝説の人物で(もとは農業神)、農耕や薬物の知識を与えたと伝えられていることから、この名が付けられました。これは5世紀末頃、陶弘景という人物により整理・編集されたものが今日に伝えられているものです。本草とは動植物から作られた薬の意味で、『神農本草経』には365種類の薬物が記載されており、なかには動物薬、鉱物薬も含まれています。『神農本草経』に記載されている薬物は、多くの物が漢方薬として今日でも使用されていす。
また『本草綱目』という古典では、他のどの伝統医学で含まれる物よりも広範囲の植物を載せており、中国で広く使われる植物の多くは、デイジー、リコリス、モモ、オオバコなど、西洋でも有名なものです。
病気とは人間の中でおこっている不調和であるという考え方から、漢方ではバランスの回復、自然の治癒力を助けるために、植物、ハーブなどと共に、鍼や按摩も用いられます。
20世紀
ルネ・モーリス・ガットフォッセ
化粧品の研究をしていたフランス人化学者、ルネ・モーリス・ガットフォッセが、実験中に負った火傷の治療にラベンダー油を用い、その効き目に注目したことから、精油の研究がはじまりました。
現在使われている「アロマテラピー」という用語は彼が1928年に造語したものです。そして1937年、同名の著書を出版し、精油の療法の研究が盛んになされることになったのです。
ジャン・バルネ博士
フランスの軍医だったジャン・バルネ博士は、第2次世界大戦中とその後インドシナ戦争のに、精油を用いた薬剤を使用して負傷兵を治療しました。また、後には精神病院でも精油を用いた治療により効果をあげています。
1964年に出版された彼の著書『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』は第一線で実践し、活躍した外科医のものとしてアロマテラピーの啓蒙に役立ちました。
パラオ・ロベスティ
ミラノの植物誘導体研究所長のパラオ・ロベスティ教授は、イタリアにある柑橘類(オレンジ、ベルガモット、レモンなど)から抽出した精油を用いて、香りが神経症や鬱病、抑うつ感からの解放に効果があることを証明しました。
この実験は香りの精神的、心理的な効果の研究として有名です。
マルグリット・モーリー
フランスで展開された医学的アプローチによるアロマテラピーとは若干異なり、精油をマッサージと組み合わせたホリスティック療法として広めたのはモーリー夫人です。
オーストリア出身の生化学者、マルグリット・モーリーは、東洋の伝統的医学や哲学を研究し、精油を稀釈して塗るというマッサージ技術を示しました。
ホリスティック療法とは、身体的トラブルをアンバランスとして捉え、心を含めた包括的、全体的にそのバランスを整える方法です。
また彼女は、一人一人への個人的な処方という考え方も提案しています。
彼女の研究は美容の国際的な賞で表彰され、また、著作が英訳されてイギリスのアロマテラピーに多大な影響を与えました。
ロバート・ティスランド
イギリスのアロマテラピーの研究者、ロバート・ティスランドは広く世間にアロマテラピーを普及させました。1978年の著作『アロマテラピー(芳香療法)の理論と実際』の中で、彼は古典的な植物療法や歴史、精油の治療特性や処方などをまとめています。
また、アロマテラピースクールの開設、協会の設立などにも関わりました。
日本へ
1980年代よりアロマテラピーに関する翻訳本が現れはじめました。
マスコミで紹介される機会も増え、ナチュラル志向、ファッション性が取り上げられ知名度を高めました。
しかし、さまざまな書物によって内容が異なっていたり、精油に対する品質基準がない(日本では雑貨として取り扱われており、医薬品のような規定がない)ために、混乱が起こったりしました。
そうしたことから、アロマテラピーの正しい知識の普及、教育を目的とした協会や、医療従事者による学会が設立され、啓蒙や研究が行われています。
 参考文献
 『改訂増補 アロマテラピー事典』 フレグランスジャーナル社
 『クリスティーン・ワイルドウッドのアロマテラピーマッサージ』 フレグランスジャーナル社
 『香りでいきいきアロマテラピー』 誠文堂新光社
 『アロマテラピー検定テキスト2級』 日本アロマテラピー協会
 『メディカルハーブ』 日本ヴォーグ社